2008年6月14日土曜日

年間 第10週 土曜日

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年間 第10週 土曜日(6月14日)

福音朗読(マタイ5・33-37)

「あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」「そうはいうけれど」「だって」「でも」…-私たちの言葉にはなんと言い訳が多いことか。

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」

2008年6月13日金曜日

年間 第10週 金曜日

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年間 第10週 金曜日(6月13日)

福音朗読(マタイ5・27-32)

律法、捷を外面的に遵守するだけでは足りないことは分かります。罪は思い、望みから生まれることも分かります。それにしても、何度、目をえぐり出したらよいのでしょう。何度、右手を切り落としたらよいのでしょう。主よ、私たちを憐れんでください。

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。不法な結婚で、ないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」

2008年6月12日木曜日

年間 第10週 木曜日


年間 第10週 木曜日(雨)

福音朗読(マタイ5・20―26)

「祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのを思い出したなら、まず兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。」ミサの中での平和の挨拶はこれを実践するためである。

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だからあなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」

2008年6月11日水曜日

年間 第10週 水曜日

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年間 第10週 水曜日(曇り)

福音朗読(マタイ5・17-19)

「伝承なしに刷新はなく、刷新なしに伝承はない」(コンガール一。旧約の伝承はイエスによって刷新され完成される。イエスによる伝承は聖霊の光の下に絶えず刷新される。私たちの生活は絶えず刷新されなければならない。

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」

2008年6月10日火曜日

年間 第10週 火曜日

年間 第10週 火曜日(6月10日


福音朗読(マタイ5・13-16)

キリストの弟子は「地の塩」「世の光」である。キリストに従う者はイエス・キリストの福音の昧、光をもたらす存在。もしキリスト者が福音の昧を失っていれば、キリストの光に照らされていないなら、何の役にも立たない。

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

2008年6月9日月曜日

年間 第10週 月曜日

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年間 第10週 月曜日(6月9日)

福音朗読(マルコー2・1-12)

このたとえ話を聞いた最高法院の議員たちは、小作人が自分たちのことであるとすぐに悟った。しかし、悔い改めることなく、イエスを捕らえようとした。
非を指摘されたとき、私たちは素直にそれを認め、悔い改めるだろうか。

マルコによる福音

〔そのとき、イエスはたとえで祭司長、律法学者、長老たちに〕話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った。だが、農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。そこでまた、他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。更に、もう一人を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された。まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。」そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった。さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』」彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。

2008年6月8日日曜日

年間 第10週 主日

年間 第10週 主日(6月9日)

福音朗読(マタイ9・9-13)

イエスが徴税人や罪人と一緒に食事をしたことがつまずきとなった人々がいる。彼らは自分たちは罪人ではないと思っていた人々である。しかし、イエスが来たのは「正しい人を招くためではなく、罪人を招くため」である。

マタイによる福昔

〔そのとき、〕イエスは、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、生け贄ではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」