2008年5月14日水曜日

年間 第6週 水曜日


年間 第6週 水曜日(5月14日)

福音朗読(マルコ8・22-26)

イエスは先に「耳が聞こえず舌の回らない人」をいやされた(マルコ7・31-37)が、ここで盲人をいやされる。イエスこそ心の闇を追い払ってくださる方。イエスに照らされて初めて私たちは光を見ることができる。

マルコによる福音

〔そのとき、イエスと弟子たちは〕ベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところに連れて来て、触れていただきたいと願った。イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

2008年5月13日火曜日

年間 第6火曜日 5月13日


年間 第6火曜日 5月13日

福音朗読(マルコ8・14-21)

「まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。」主よ、私たちに悟らせてください、あなたの御心を。あなたの慈しみに信頼する心、ゆだねる心をお与えください。

マル.コによる福音

〔そのとき、〕弟子たちはパンを持って来るのを忘れ、舟の中には一つのパンしか持ち合わせていなかった。イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた。弟子たちは、これは自分たちがパンを持っていないからなのだ、と論じ合っていた。イエスはそれに気づいて言われた。「なぜ、パンを持っていないことで議論するのか。まだ、分からな

いのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか。わたしが五千人に五つのパンを裂いたとき、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか。」弟子たちは、「十二です」と言った。「七つのパンを四千人に裂いたときには、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか。」「七つです」と言うと、イエスは、「まだ悟らないのか」生言われた。

2008年5月12日月曜日

年間 第6週 月曜日(5月12日)

年間 第6週 月曜日(5月12日)

福音朗読(マルコ8・11-13)

「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」。これらのパン種とは何か。ここではイエスを救い主と認めない彼らのかたくなさであると言われる。私たちにもしるしを見なければ信じないかたくなさが残っているのではなかろうか。

マルコによる福音

〔そのとき、〕ファリサイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを求め、議論をしかけた。イエスは、心の中で深く嘆いて言われた。「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない。」そして、彼らをそのままにして、また舟に乗って向こう岸へ行かれた。

2008年5月11日日曜日

復活節 第七日曜日(聖霊降臨の主日)5月11日

復活節 第七日曜日(聖霊降臨の主日)5月11日

福音朗読A年(ヨハネ20・19i23)

ユダヤ人を恐れて閉じこもっていた弟子たちに復活したイエスが現れ、「平和があるように」と語り、息を吹きかけて、「聖霊を受けなさい」と招く。この聖霊は人を赦すことを可能にする力であり、それを人々に示すために、弟子たちは外へと遣わされる。

ヨハネによる福音

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、白分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

2008年5月10日土曜日

復活節 第七土曜日 2008年5月10日 土曜日

復活節 第七土曜日 2008年5月10日 土曜日

福音朗読(ヨハネ21・20-25)

重要なのは「わたしに従いなさい」という主の招き。共に招かれた人と優劣を競ってはならない。与えられる賜物、恵みは異なっている。その賜物を生かし、共に主に従って行くことこそ大切なのだ。

ヨハネによる福音

〔そのとき、〕ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イェスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」それで、この弟子は死なないといううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。

これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。

イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。

2008年5月9日金曜日

復活節 第七金曜日(5月9日)

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復活節 第七金曜日(5月9日)
福音朗読(ヨハネ21・15-19)

「主よ、あなたは何もかもご存じです。」私たちの弱さも。私たちの愛はもろく、私たちはあなたを裏切りました。でも、あなたは私たちを立ち直らせてくださいました。愛で包んでくださいました。私たちはその愛によって、あなたを愛します。

ヨハネによる福音

〔イエスは、弟子たちに御自身を現され、食事を共にされた。〕食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることはあなたがご存知です」と言うと「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることをあなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。

このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。

2008年5月8日木曜日

復活節 第七週木曜日

復活節 第七週木曜日

福音朗読(ヨハネー7・20―26)

一つになること、完全に一つになること、これこそがイエスの願い。それは御父と御ひとり子の交わりにあずかることによって実現する。一致の霊である聖霊が私たちをこの交わりにあずからせ、私たちを一つにしてくださる。

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは天を仰ぎ、祈って言われた。〕「彼らのためだけでなく彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしを遣わしになったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてくださいそれは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を彼らに見せるためです。正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」