2008年5月7日水曜日

復活節 第七水曜日(5月7日)

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復活節 第七水曜日(5月7日)

福音朗読(ヨハネ 17・11b―19)

イェスと御父のように私たちも一つとなるソ」と、私たちのうちにイエスの喜びが満ち溢れること、これがイエスの願い。主は二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊してくださった。主キリストこそ私たちの平和。

ヨハネによる福音

そのとき、イエスは天を仰ぎ、祈って言われた。〕みな「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは白分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためで

す。」

2008年5月6日火曜日

復活節 第七火曜日(5月6日)


復活節 第七火曜日(5月6日)

福音朗読(ヨハネー7・1-11a)

イエスは与えられた使命を果たし、御父の栄光を明らかにする。神の子としてのイエスの栄光、それは信じる者に永遠の命を与えること。永遠の命、それは神とイエス・キリストを知ること。知ることとは、愛すること、交わりに入ること。

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは〕天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。

世から選び出してわたしに与えてくださったみな人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。なぜなら“わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。

わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。」

2008年5月5日月曜日

復活節 第七月曜日

復活節 第七月曜日(5月5日)

福音朗読(ヨハネ16・29-33)

弟子たちはイエスが分かったという。だが、イエスの受難を通して神の国が到来することを理解するまでには至らない。イエスは、彼らがご自分を見捨てることを知っていても、平然としておられる。御父が共にいてくださると確信しておられるから。

ヨハネによる福音

〔そのとき、弟子たちはイエスに言った。〕「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

2008年5月4日日曜日

主の昇天(復活節第七日曜日)


主の昇天(復活節第七日曜日)

福音朗読

A年一マタイ28・16-20)

イエスはガリラヤの山で使徒たちの前に姿を現す。疑う者もいたが、「天と地の一切の権能を授かっている」イエスは彼らに使命を与え、すべての民を「弟子にし」、イエスの言葉に生きるように教えなさいと命じる。イエスは彼らに約束し、「いつも共にいる」と言われる。

マタイによる福音

〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

2008年5月3日土曜日

復活節第六土曜日(

復活節第六土曜日

福音朗読(ヨハネ16・23b―28)

「私たちの主イエス・キリストによって。」私たちはつねにキリストの名によって御父に祈っている。イエスが御父を知らせてくださったから。主イエス・キリストこそ「神と人との唯一の仲介者」なのだから。

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。

わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御白身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」

2008年5月2日金曜日

復活節第六金曜日

復活節第六金曜日

福音朗読一ヨハネ(16・20-23)

復活したイエスとの出会いから生ずる喜びを奪うことはできない。キリスト者は、この世の苦難のうちにあっても喜びを失うことはない。主が共におられるから。キリスト者は、その喜びを分かち合うために福音を告げ知らせる。

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人問が世に生まれ出た喜びのためにもはやその苦痛を思い出さない。ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。」

2008年5月1日木曜日

復活節第六木曜日(2008年5月1日)

復活節第六木曜日(2008年5月1日)

福音朗読(ヨハネ16・16-20)

イエスの受難と死は信じる者たちから主を奪い去る。しかし、永遠に弟子たちから奪い去られるのではない。イエスは復活し、いつも弟子たちと共におられるようになる。弟子たちの悲しみは喜びに変えられる。

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」また、言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」